神様の声ってどんなの?

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(マタイ 4:4 ALIVE訳) 「”人は飯めしだけでは生きていけない。神の与える全てのことばによって生きる”と聖書にある」――【聖書:申命記8:3より引用】

1.父親の声

(マタイ 3:16-17 JCB) ――ざぶんッ・・・ イエスが水から上がった瞬間。 カッ! 空が引き裂かれたように明るくなり、神の霊ホーリースピリットが自分の上に舞い降りてくるのがイエスの目には見えた。それはパタパタとまるでハトのように・・・(17)――むすこよ・・・愛しているぞ・・・おまえは私の誇りだ――!!! その声は天から響き渡った。

2.あなたの名前を知っている声、あなたの言語で

(1サムエル 3:10 新改訳) そのうちに主が来られ、そばに立って、これまでと同じように、「サムエル。サムエル。」と呼ばれた。サムエルは、「お話しください。しもべは聞いております。」と申し上げた。

3.引き上げてくれる声 (強めてくれて、励ましてくれて、慰めてくれる)

(1コリント 14:1-3 ALIVE訳) 愛こそが人生最高の目標だ! それと共に、神の霊が与えてくれる特別な才能、特に、神のことばを伝える預言を恵んでくれるように求めなさい。(2)しかし、もしあなたが、異言を語る場合、それは神への語りかけであって、人へではない。 人には、そのことばが理解できないからである。 あなたは、神の霊の力によって語るのだが、それはみな、秘密の事柄なのだ。(3)しかし、神からのことばを語る者は、人を励まし、慰め、イエスとの信頼関係を強める。

4. 愛し、赦し、受け入れてくれる声

「婦人よ。あの人たちは今どこにいますか。あなたを罪に定める者はなかったのですか。」

(ヨハネ 8:10-11 ALIVE訳) イエスは体を起こすと―― 「あれ、あなたを訴えた人たちはどこに行った? あなたを罰する者は1人もいなかったのか」(11)「はい、先生・・・」 彼女はまだ怯えていた。 これから起こることを恐れて。 「そうか、俺もあなたを罰さない。さあ行け!もう二度と罪を犯すんじゃあないぞ!」

5.もっといい将来へと惹き寄せてくれる声

(ヨハネ 1:42 ALIVE訳) アンデレはさっそく兄シモンをイエスのもとへ連れて行った。「ヨハネの子、シモン。あなたは岩ペテロと呼ばれる・・・!!!」シモンをみてイエスはそう言った。

これに関してどうしたら成長できるのか?

1.ジャーナル。神のことばは近い

(2テモテ 3:16-17 ALIVE訳) すべての聖書個所に神の息がかかっていて生きている。 それは人の過った考えを正し、曲がった人生をまっすぐにし、良い人生を歩ませる。(17)聖書個所によって神の男は整えられ、神が望む働きをするに必要な力が与えられる。

2.祈り
私は待った。

(ハバクク 2:1 新改訳) 私は、見張り所に立ち、とりでにしかと立って見張り、主が私に何を語り、私の訴えに何と答えるかを見よう。

3.神の愛するものを愛する決断をする

(詩篇 122:1 新改訳) 人々が私に、「さあ、主の家に行こう。」と言ったとき、私は喜んだ。

4.預言 – 見て、聞いて、明らかなことを語る

(使徒 2:17-18 新改訳) “神は言われる。私は終わりの日、私の魂をすべての人に注ぐ。おまえたちの息子、娘は預言をし、青年は聖なる幻を見、老人は特別な夢を見る。(18)その時、男女を問わず、私に仕える全ての人へ私の魂を注ぐ。そして彼らは預言する。

(創世記 15:5-6 新改訳) そして、彼を外に連れ出して仰せられた。「さあ、天を見上げなさい。星を数えることができるなら、それを数えなさい。」さらに仰せられた。「あなたの子孫はこのようになる。」(6)彼は主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。

アバラハム – 星たち
ビブさん – 津波のビジョン

5.グローコースとギフト診断

あなたの情熱のあるエリアで仕えよう

(ローマ 12:6-8 ALIVE訳) 神はすべての人に十人十色の、特別でユニークな能力を恵んでくれた。 だから、預言することに恵まれているなら、他人と比べず、自分らしく預言するのだ!(7)仕えることに恵まれているなら、他人と比べず、自分らしく快く仕えるのだ! 教えることに恵まれているなら、他人と比べず、自分らしく分かりやすく教えるのだ!(8)鼓舞することに恵まれているなら、他人と比べず、自分らしく鼓舞するのだ! 必要を満たすことに恵まれているなら、他人と比べず、自分らしく与えるのだ! 人を率いることに恵まれているなら、他人と比べず、自分らしく模範になって率いるのだ! 慈善をすることに恵まれているなら、他人と比べず、自分らしく喜んで慈善に励むのだ!

働きかける

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(マタイの福音書 28:19-20 JCB) だから、出て行って、すべての人々をわたしの弟子とし、彼らに、父と子と聖霊との名によってバプテスマ(洗礼)を授けなさい。 また、弟子となった者たちには、あなたがたに命じておいたすべての戒めを守るように教えなさい。わたしは世界の終わりまで、いつもあなたがたと共にいます。」

1.良い知らせをシェアしよう

(マルコの福音書 16:15-16 JCB) それから、こう宣言されました。「全世界に出て行きなさい。すべての人々にこの福音を宣べ伝えるのです。 信じてバプテスマ(洗礼)を受ける者は救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。

(マタイの福音書 9:37-38 JCB) イエスは弟子たちに言われました。「収穫はたくさんあるのに、働く人があまりにも少ないのです。 ですから、収穫の主である神に祈りなさい。刈り入れの場にもっと多くの働き手を送ってくださるように願うのです。」

2.信仰を大胆に

(ヨシュア記 1:9 口語訳) わたしはあなたに命じたではないか。強く、また雄々しくあれ。あなたがどこへ行くにも、あなたの神、主が共におられるゆえ、恐れてはならない、おののいてはならない。

(テモテへの第二の手紙 1:7 口語訳) というのは、神がわたしたちに下さったのは、臆する霊ではなく、力と愛と慎みとの霊なのである。

3.究極のレースを走ろう

(テモテへの第二の手紙 4:2-5 口語訳) 御言を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを励み、あくまでも寛容な心でよく教えて、責め、戒め、勧めなさい。 人々が健全な教に耐えられなくなり、耳ざわりのよい話をしてもらおうとして、自分勝手な好みにまかせて教師たちを寄せ集め、 そして、真理からは耳をそむけて、作り話の方にそれていく時が来るであろう。 しかし、あなたは、何事にも慎み、苦難を忍び、伝道者のわざをなし、自分の務を全うしなさい。

(テモテへの第二の手紙 4:7-8 口語訳) わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした。 今や、義の冠がわたしを待っているばかりである。かの日には、公平な審判者である主が、それを授けて下さるであろう。わたしばかりではなく、主の出現を心から待ち望んでいたすべての人にも授けて下さるであろう。

私たちは呼ばれる

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(エペソ 1:3-4 新改訳)私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにおいて、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。(4)すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。
自分の使命
(イザヤ 42:6 新改訳)わたし、主は、義をもってあなたを召し、あなたの手を握り、あなたを見守り、あなたを民の契約とし、国々の光とする。
(呼ばれてる – 旧約聖書 – 800回&新約聖書 – 225回)
神様は人を選ぶことを選んだ
王:ダビデのストーリー
(1 サムエル 16:6-13 JCB)彼らが来た時、サムエルはそのうちの一人、エリアブをひと目見るなり、「この人こそ、主がお選びになった人に違いない」と思いました。(7)しかし、主は言いました。「容貌や背の高さで判断してはいけない。彼ではない。わたしの選び方は、あなたの選び方とは違う。人は外見によって判断するが、わたしは心と思いを見るからだ。」(8)次はアビナダブが呼ばれ、サムエルの前に進み出ました。しかし、「主は彼も選んでおられない」とサムエルは言いました。(9)続いてシャマが呼ばれましたが、主からは、「彼もわたしの目にかなわない」という返事しかありませんでした。同様にして、エッサイの七人の息子がサムエルの前に立ちましたが、みな主に選ばれませんでした。(10-11)サムエルはエッサイに言いました。「どうも主は、この息子さんたちのだれをも選んでおられないらしい。もうほかに息子さんはいないのですか。」「いいえ、まだ末の子がおります。今、野で羊の番をしておりますが。」「すぐ呼びにやってください。その子が来るまで、食事は始めませんから。」(12)エッサイはすぐに彼を迎えにやりました。連れて来られたのは、見るからに健康そうで、きれいな目をした少年でした。その時、「この者だ。彼に油を注ぎなさい」と、主の声がありました。(13)サムエルは、その少年ダビデを兄弟たちの真ん中に立たせて、持って来たオリーブ油を取り、彼の頭に注ぎました。すると、主の霊がダビデに下り、その日から彼には卓越した力が与えられたのです。こののち、サムエルはラマへ帰って行きました。
才能溢れたアーティスト:べツァルエルのストーリー
(出エジプト 31:1-5 JCB)主はまた、モーセに告げました。「わたしはユダ族のウリの子で、フルの孫に当たるベツァルエルを選んだ。(3)彼に神の霊を満たし、幕屋とその中にある物いっさいを作るのに必要な、知恵と才能と技術を与えた。(4)彼は、金、銀、青銅の細工を美しくデザインすることができる。(5)また宝石の細工にも、木の彫刻にも熟練した腕を持っている。
12人の普通の男たちのストーリー
(ルカ 6:13 新改訳)夜明けになって、弟子たちを呼び寄せ、その中から十二人を選び、彼らに使徒という名をつけられた。
私たちのストーリー:
(ヨハネ 15:16 JCB)あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選んだのです。そして任命しました。だから、あなたがたは行って、いつまでも残るすばらしい実を結びます。また、わたしの名前によって父に求めるものは、何でもいただけるのです。
(1 コリント 1:26-31 ALIVE訳)教会のみんな。神があなたを選んだときに自分が置かれていた環境やその時の自分という人間をよく考えてみてほしい。神に選ばれる前は、世の中から見て賢い人、著名人、または、貴族生まれの者は教会にほとんどいないだろう。(27)それどころか、神は、この世では愚か者だと思われている人を、わざわざ選んだ。それは、この世で知恵ある人を辱はずかしめるためなのだ。神はこの世の強いものに恥ずかしい思いをさせるため、弱い者を選んだのだ。 (28)神は、世の中が重要視しないもの、すなわち見下され、無価値とされるようなものを選ぶのだ。それもすべては、世の中にある大切なものの概念を崩し、無価値を有価にするために。(29)だから、どこのだれであっても、神の前で自慢できることはない。(30)というのは、みなさんをイエス・キリストに繋げたのは神であり、キリストが私たちに与えられた神からの知恵となったのだ。 イエスのおかげで、神に認められ特別な者とされ、罪から解放されたのだ。(31)聖書にあるとおりだ。 “誰であろうと誇りたければ神様を誇れ”
2.質問:なんで神様は選ぶの?神様だから!それだけ!
(ローマ 9:15-16 JCB)神はモーセにこう言われました。「わたしは、恵もうと思う者を恵み、あわれもうと思う者をあわれむ。」(出エジプト33・19)(16)したがって、神の祝福は、だれかがそれを得ようと決心したからとか、そのために努力したからといって与えられるものではありません。それは、神のあわれみによって与えられるものなのです。
(ローマ 9:20-21 JCB)そんなことを言ってはなりません。神を非難するあなたは、いったい何者なのですか。造られた者が造った者に、「なぜ私をこのように造ったのですか」などと言ってよいでしょうか。(21)ある人が粘土でつぼを作る時、その人は同じ粘土のかたまりを、一つは美しい花びんに、もう一つはふだん使いの容器に作り上げる権利を持っていないでしょうか。
3.私たちはどうすればいいの?
(ローマ 12:1-2 JCB)愛する皆さん。そういうわけですから、あなたがたにお願いします。あなたがたの体を、神に喜んでいただける、生きた、きよい供え物としてささげてください。それが神への礼拝となるのです。(2)この世の人々の生活や考え方をまねてはいけません。むしろ、神に喜ばれることは何かを思いながら、なすこと考えることすべての面で生き生きとした、全く新しい人となりなさい。
-神様の使命に応答する
-考えを変える
-神様の思いを知り、行動する

あなたの次のステップ

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「そして彼は、ある人を使徒とし、ある人を預言者とし、ある人を伝道者とし、ある人を牧師、教師として、お立てになった。 それは、聖徒たちをととのえて奉仕のわざをさせ、キリストのからだを建てさせ、 わたしたちすべての者が、神の子を信じる信仰の一致と彼を知る知識の一致とに到達し、全き人となり、ついに、キリストの満ちみちた徳の高さにまで至るためである。 こうして、わたしたちはもはや子供ではないので、だまし惑わす策略により、人々の悪巧みによって起る様々な教の風に吹きまわされたり、もてあそばれたりすることがなく、 愛にあって真理を語り、あらゆる点において成長し、かしらなるキリストに達するのである。」
エペソ人への手紙 4:11-15 JA1955

次のステップがあなたを初めたてから成熟に

「そういうわけだから、わたしたちは、キリストの教の初歩をあとにして、完成を目ざして進もうではないか。今さら、死んだ行いの悔改めと神への信仰、 洗いごとについての教と按手、死人の復活と永遠のさばき、などの基本の教をくりかえし学ぶことをやめようではないか。」
ヘブル人への手紙 6:1-2 JA1955

次のステップがあなたを「バカ」から力に

「その力があなたにあり、その心がシオンの大路にある人はさいわいです。 彼らはバカの谷を通っても、そこを泉のある所とします。また前の雨は池をもってそこをおおいます。 彼らは力から力に進み、シオンにおいて神々の神にまみえるでしょう。」
詩篇 84:5-7 JA1955

次のステップに行く3つの障壁

私たちの過去

「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。」
コリント人への第二の手紙 5:17 JA1955

私たちの観点

「見よ、わたしは新しい事をなす。やがてそれは起る、あなたがたはそれを知らないのか。わたしは荒野に道を設け、さばくに川を流れさせる。」
イザヤ書 43:19 JA1955

私たちの疑い

「主の言葉がわたしに臨んで言う、 「わたしはあなたをまだ母の胎につくらないさきに、あなたを知り、あなたがまだ生れないさきに、あなたを聖別し、あなたを立てて万国の預言者とした」。 その時わたしは言った、「ああ、主なる神よ、わたしはただ若者にすぎず、どのように語ってよいか知りません」。 しかし主はわたしに言われた、「あなたはただ若者にすぎないと言ってはならない。だれにでも、すべてわたしがつかわす人へ行き、あなたに命じることをみな語らなければならない。」
エレミヤ書 1:4-7 JA1955

あなたの次のステップは何?

近くのチャーチに根付く
-日曜日に参加

信仰を固める
-洗礼

神様を第一に置く
-十分の一献金

鉄で鉄を研ぐ
-コネクトグループ

ギフトを見つける
-グローコース

違いを作る
-ドリームチーム

他の人の成長を助ける
-リーダーシップ

一緒のほうがいい

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(ルカ 10:33-37 新改訳)ところが、あるサマリヤ人が、旅の途中、そこに来合わせ、彼を見てかわいそうに思い、(34)近寄って傷にオリーブ油とぶどう酒を注いで、ほうたいをし、自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行き、介抱してやった。(35)次の日、彼はデナリ二つを取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『介抱してあげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います。』(36)この三人の中でだれが、強盗に襲われた者の隣人になったと思いますか。」(37)彼は言った。「その人にあわれみをかけてやった人です。」するとイエスは言われた。「あなたも行って同じようにしなさい。」

1.サマリヤ人って誰?
a. 私たちかな? (時々はしたことあるから…多分?…でももっとできたらなって思う。)
b. イエスかな? (もちろんイエスです。 – でも彼は人を祝福するための計画に、私たちを呼んでいる。)
c. 地域教会 (イエスの愛を、唯一、立証できる例は、地域教会。)
地域教会が正しく働くと、それに代わものはない。 – ビリー・ハイベルズ

2.自分で全てをすることはできない。
-自分以上に大きなチームに加わる
-そして計画に貢献する者になりたい!
(ローマ 12:3-5 新改訳) 私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりひとりに言います。だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深い考え方をしなさい。(4)一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、(5)大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。

3.じゃあ自分のパートはどこ?
(ローマ 12:6-8 新改訳)私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので、もしそれが預言であれば、その信仰に応じて預言しなさい。(7)奉仕であれば奉仕し、教える人であれば教えなさい。(8)勧めをする人であれば勧め、分け与える人は惜しまずに分け与え、指導する人は熱心に指導し、慈善を行なう人は喜んでそれをしなさい。

-グローコースと才能診断 (特に7つのモチベーショナルギフト)
預言、仕える、教える、励ます、与える、リードする、憐れみ

現代版のサマリヤ人ストーリー

1. 人生の旅を続けているとニーズが見えた – 全てのギフトが必要 (仕事場、大学、家族、コネクトグループ)

2. 共感する – 全てのギフトが必要

3. 彼の元に行った – 最初の応答者 – 全てのギフトが必要 (希望を励ます者)

4. 包帯をした – 仕える、憐れみ

5. 治すためにオリーブ油とぶどう酒をあげた – 仕える、与える、憐れみ

6. 自分のロバに乗せた – 仕える、与える、リーダーシップ

7. 宿屋に連れて行き介抱した – リーダーシップ

8. 寛大に与えた – 与える

9. 最後までの面倒をオファーした – 励まし、預言

10. そして教えた? それが今自分のしてること。 やろうよ、計画しようよ、教えようよ、広めようよ

(ルカ 10:37b 新改訳) するとイエスは言われた。「あなたも行って同じようにしなさい。」

(エペソ 1:22-23 新改訳) また、神は、いっさいのものをキリストの足の下に従わせ、いっさいのものの上に立つかしらであるキリストを、教会にお与えになりました。(23)教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。

イースター2018:パート2 – 全ての罪に勝る王イエス

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(ヨハネ 3:16 ALIVE訳)実に神は、一人子をさえ惜しまず与えるほどに、世の人間を愛してくれた。つまり、神の一人子を信じる者が、だれ一人滅びず、永遠の命を得るためだ!!!


-日本語の漢字「罪」(網で背き(そむき)を覆う=希望がない)
-英語でも罪って言葉は理解が難しい
-古来のギリシャ語: 「的を外す」。ターゲットにいつも届かない。(的と外した矢)

(ローマ 3:23 新改訳) すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、

(ローマ 6:23 新改訳) 罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。

犠牲
-「犠牲」という漢字は、動物の犠牲を含む「宗教」という漢字も同じ。
(ヘブル 10:3-4 新改訳) ところがかえって、これらのささげ物によって、罪が年ごとに思い出されるのです。(4) 雄牛とやぎの血は、罪を除くことができません。

罪と罪の影響から永遠に自由になる唯一の道は、最初で最期の完璧な犠牲、イエスを通して=イースター!


-「義」 (日本の漢字では、我の上に羊)
(ヨハネ 1:36 ALIVE訳) すると、ヨハネの目にイエスが横切った。「見よ!あの方こそ、神さんの子羊!!!」

(マルコ 10:45 新改訳) 人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。

(ヘブル 9:28 新改訳) キリストも、多くの人の罪を負うために一度、ご自身をささげられましたが、二度目は、罪を負うためではなく、彼を待ち望んでいる人々の救いのために来られるのです。

2.イエス: 十字架への道

(ルカ 23:32-47 新改訳)ほかにもふたりの犯罪人が、イエスとともに死刑にされるために、引かれて行った。(33)「どくろ」と呼ばれている所に来ると、そこで彼らは、イエスと犯罪人とを十字架につけた。犯罪人のひとりは右に、ひとりは左に。(34)そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」彼らは、くじを引いて、イエスの着物を分けた。(35)民衆はそばに立ってながめていた。指導者たちもあざ笑って言った。「あれは他人を救った。もし、神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ってみろ。」(36)兵士たちもイエスをあざけり、そばに寄って来て、酸いぶどう酒を差し出し、(37)「ユダヤ人の王なら、自分を救え。」と言った。(38)「これはユダヤ人の王。」と書いた札もイエスの頭上に掲げてあった。(39)十字架にかけられていた犯罪人のひとりはイエスに悪口を言い、「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え。」と言った。(40)ところが、もうひとりのほうが答えて、彼をたしなめて言った。「おまえは神をも恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。(41)われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ。だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。」(42)そして言った。「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください。」(43)イエスは、彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」(44)そのときすでに十二時ごろになっていたが、全地が暗くなって、三時まで続いた。(45)太陽は光を失っていた。また、神殿の幕は真二つに裂けた。(46)イエスは大声で叫んで、言われた。「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」こう言って、息を引き取られた。(47)この出来事を見た百人隊長は、神をほめたたえ、「ほんとうに、この人は正しい方であった。」と言った。

(ヨハネ 19:28-30 新改訳)この後、イエスは、すべてのことが完了したのを知って、聖書が成就するために、「わたしは渇く。」と言われた。(29)そこには酸いぶどう酒のいっぱいはいった入れ物が置いてあった。そこで彼らは、酸いぶどう酒を含んだ海綿をヒソプの枝につけて、それをイエスの口もとに差し出した。(30)イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、「完了した。」と言われた。そして、頭を垂れて、霊をお渡しになった。

3.今では私は自由になった

(ローマ 7:24-25 新改訳) 私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。(25)私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。ですから、この私は、心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えているのです。

(ローマ 8:1-2 新改訳) こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。(2)なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。

(ローマ5:8-9 新改訳)しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。(9)ですから、今すでにキリストの血によって義と認められた私たちが、彼によって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。

全ての病や悪に勝る王イエス

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イエスは癒し主
(イエスが来る1500年前 – ジェホバ・ラファ)
(出エジプト 15:26 新改訳)そして、仰せられた。「もし、あなたがあなたの神、主の声に確かに聞き従い、主が正しいと見られることを行ない、またその命令に耳を傾け、そのおきてをことごとく守るなら、わたしはエジプトに下したような病気を何一つあなたの上に下さない。わたしは主、あなたをいやす者である。」

マタイ 8 – 私たちの癒しが予告されている
「わたしの心だ。きよくなれ。」
(マタイ 8:3 新改訳)イエスは手を伸ばして、彼にさわり、「わたしの心だ。きよくなれ。」と言われた。すると、すぐに彼のらい病はきよめられた。

「行って、直してあげよう。」
(マタイ 8:7 新改訳)イエスは彼に言われた。「行って、直してあげよう。」

「あなたの信じたとおりになるように。」
(マタイ 8:13 新改訳)それから、イエスは百人隊長に言われた。「さあ行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」すると、ちょうどその時、そのしもべはいやされた。

イエスは私たちの内側の痛みや病も取ってくれた
(マタイ 8:16-17 新改訳)夕方になると、人々は悪霊につかれた者を大ぜい、みもとに連れて来た。そこで、イエスはみことばをもって霊どもを追い出し、また病気の人々をみなお直しになった。(17)これは、預言者イザヤを通して言われた事が成就するためであった。「彼が私たちのわずらいを身に引き受け、私たちの病を背負った。」

イエスが来る600年前
(イザヤ 53:4-5 新改訳)まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。(5)しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。

質問:打ち傷とは?
答え:十字架にかかった日、2つのことが起きた

1.むち打ち(打ち傷)
(ヨハネ 19:1-4 新改訳)そこで、ピラトはイエスを捕えて、むち打ちにした。(2)また、兵士たちは、いばらで冠を編んで、イエスの頭にかぶらせ、紫色の着物を着せた。(3)彼らは、イエスに近寄っては、「ユダヤ人の王さま。ばんざい。」と言い、またイエスの顔を平手で打った。(4)ピラトは、もう一度外に出て来て、彼らに言った。「よく聞きなさい。あなたがたのところにあの人を連れ出して来ます。あの人に何の罪も見られないということを、あなたがたに知らせるためです。」

2.十字架
(ヨハネ 19:13-16 新改訳)そこでピラトは、これらのことばを聞いたとき、イエスを外に引き出し、敷石(ヘブル語でガバタ)と呼ばれる場所で、裁判の席に着いた。(14)その日は過越の備え日で、時は六時ごろであった。ピラトはユダヤ人たちに言った。「さあ、あなたがたの王です。」(15)彼らは激しく叫んだ。「除け。除け。十字架につけろ。」ピラトは彼らに言った。「あなたがたの王を私が十字架につけるのですか。」祭司長たちは答えた。「カイザルのほかには、私たちに王はありません。」 (16)そこでピラトは、そのとき、イエスを、十字架につけるため彼らに引き渡した。
聖餐式を祝い、イエスに癒しを感謝しましょう

(1 コリント 11:23-30 新改訳)私は主から受けたことを、あなたがたに伝えたのです。すなわち、主イエスは、渡される夜、パンを取り、(24)感謝をささげて後、それを裂き、こう言われました。「これはあなたがたのための、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行ないなさい。」(25)夕食の後、杯をも同じようにして言われました。「この杯は、わたしの血による新しい契約です。これを飲むたびに、わたしを覚えて、これを行ないなさい。」(26)ですから、あなたがたは、このパンを食べ、この杯を飲むたびに、主が来られるまで、主の死を告げ知らせるのです。(27)したがって、もし、ふさわしくないままでパンを食べ、主の杯を飲む者があれば、主のからだと血に対して罪を犯すことになります。(28)ですから、ひとりひとりが自分を吟味して、そのうえでパンを食べ、杯を飲みなさい。(29)みからだをわきまえないで、飲み食いするならば、その飲み食いが自分をさばくことになります。(30)そのために、あなたがたの中に、弱い者や病人が多くなり、死んだ者が大ぜいいます。

世界を変える「与える愛」

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(ルカ10:30-37 JCB)イエスは直接答える代わりに、たとえを話されました。「エルサレムからエリコへ旅をしていたユダヤ人が、強盗に襲われました。強盗どもは、身ぐるみはぎ取り、あり金全部を奪うと、その人を殴ったり、蹴ったりして半殺しにし、道ばたに放り出して逃げて行きました。(31)ちょうどそこへ、ユダヤの祭司が通りかかりました。ふと見ると、旅人が倒れています。でも、めんどうに巻き込まれたくなかったので、道の反対側へ回り、何くわぬ顔で通り過ぎてしまいました。(32)しばらくすると、今度はレビ人(神殿で奉仕する人)が通りかかりましたが、彼も、倒れている旅人を横目でちらりとながめただけで行ってしまいました。(33)ところが、常日頃ユダヤ人に軽蔑されていたサマリヤ人がたまたま通りかかり、旅人を見つけました。その人をかわいそうに思ったサマリヤ人は、(34)急いでそばに近づいて、傷口に薬をぬり、包帯を巻いて応急手当をしました。それから自分のろばに乗せ、宿屋まで運んで、一晩中、看病してあげました。(35)翌日、宿屋の主人にデナリ銀貨二枚を渡し、『あの人を介抱してあげてください。足りない分は、私が帰りに寄って払いますから』と頼みました。(36)この三人のうちだれが、強盗に襲われた人の隣人になったと思いますか。」(37)律法の専門家は答えました。「もちろん、親切にしてやった人です。」この答えを聞くと、イエスは言われました。「そのとおりです。あなたも同じようにしなさい。」

奪い合う愛の姿// 与え合う愛の姿

-このストーリに出てくるサマリア人の様になるには?

1. イエスの生き様から伝わる愛を感じている

(1コリント13:4-8a JCB)愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありません。

-完璧ではなくてもいいから、この愛の生き方にコミット(固い決意を)する。

(ヨハネ3:16)実に神は、ひとり子をさえ惜しまず与えるほどに、この世界を愛してくださいました。それは、神の御子を信じる者が、だれ一人滅びず、永遠のいのちを得るためです。

(1ヨハネ4:9-10)神は、かけがえのないご自分のひとり子をこの世に遣わし、そのひとり子の死によって、私たちに永遠のいのちを与えてくださいました。そのようにして、どんなに私たちを愛しておられるかを示されたのです。(10)神に対する私たちの愛ではなく、私たちに対する神の愛によって、私たちの罪へのなだめとして、神のひとり子が遣わされました。ここに真の愛があるのです。

2. 永遠の視点から今を見る

-祭司、レビ人、サマリア人の違いがここにある。

-この世の中で生活していると、「何かを与える時に、何かをする時に、自分にどんな得があるんだろう?」と考える

(2コリント9:6-7)しかし、次のことは心にとめておいてください。すなわち、少ししか与えない者は、少ししか受け取れないということです。少ししか種をまかない農夫は、わずかの収穫しか得られません。たくさんまけば、たくさん刈り取ります。(7)ただし、いくらささげたらよいかは、各自が決めるべきです。自分はこれだけささげようと思っている人に、もっとたくさんささげるように強制してはいけません。神様にとっては、喜んで与えるかどうかが大事なのです。

ダイナモ

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使徒の働き‬ ‭1:8‬ ‭JCB‬‬
「しかし、聖霊があなたがたに下る時、あなたがたは大きな力を受け、エルサレムからユダヤ全土、そしてサマリヤから地の果てまで、わたしの死と復活を伝える証人となります。」」

デュナミス – 奇跡 強さ、力、能力

ダイナミック – ポジティブな態度、エネルギー・新しいアイディアに溢れてる

ダイナマイト – 強力な爆発

ダイナモ – 元気に溢れた人

神様は私達のダイナモの源

‭‭テモテへの手紙Ⅱ‬ ‭1:7‬ ‭JCB‬‬
「なぜなら、神が私たちに与えてくださった聖霊は、人を恐れず、知恵と力とをみなぎらせ、人を愛し、喜んで人と共に歩むようにさせてくださる霊だからです。」
できない, いやあなたにはできる

‭‭コリント人への手紙Ⅱ‬ ‭12:9‬ ‭JCB‬‬
「そのつど返ってくる答えは、こうでした。「いや、治すまい。しかし、わたしはあなたと共にいる。それで十分ではないか。わたしの力は弱い人にこそ、最もよく現れるのだから。」だから今では、私は自分の弱さを喜んで誇ります。自分の力や才能を見せびらかすためではなく、喜んでキリストの証人になりたいからです。」

ギフトは神様のダイナモパワーを解き放つ

‭‭ペテロの手紙Ⅱ‬ ‭1:3-4‬ ‭JCB‬‬
3「キリストを知れば知るほど、その偉大な力を通して、私たちが神に従う正しい生活を送るために必要なすべてのものをいただくことができるのです。そればかりかキリストは、ご自分の栄光と共に敬虔や品性をも、私たちに与えてくださるのです。」
4「さらに神は、それによって、すばらしい約束を与えてくださいます。この約束のゆえに、私たちは欲望のもたらす滅びから守られ、キリストのご性質を備えた者となれるのです。」
どうやってダイナモを増やしていく?

1. 神様の言葉に入り込む

へブル人への手紙‬ ‭1:3‬ ‭JCB‬‬
「御子は神の栄光を受けて、まばゆいばかりに輝いています。また、その人格と行動すべてにおいて神であることを示し、力あることばによって万物を治めておられます。そればかりか、私たちのすべての罪の記録を消し去ってきよめるために死んでくださいました。そして今は、最高の栄誉を受けて、天におられる偉大な神のそばにいらっしゃるのです。」

2. あなたのギフトを見つけ、使う
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3. 毎日、奇跡のために信仰に生きる

‭‭マタイの福音書‬ ‭13:58‬ ‭JCB‬‬
「このような人々の不信仰のために、そこでは、ほんのわずかの奇跡を行われただけでした。」

息子として養子に迎え入れられた

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(エペソ 1:3-6 ALIVE訳)王なるイエス・キリストの父である、神がもっと讃えられるように!神は私たちに偉大な恩恵を与えてくれたからだ。すなわち、神が私たちをキリストに繋げてくれたおかげで、神の霊をとおし、全ての天の財宝へのアクセス権が与えられたのだ!(4)神は、この世界を造る前から、救世主に属す私たちを、自分のものとして選んでくれていた。私たちを愛しているがゆえに、私たちを神の前で潔白として選んでくれた。(5)初めからイエス・キリストをとおして私たちを養子にし、家族に迎えると決めていた。これは神の望みだったからこそ喜んで行動に移してくれた。(6)神こそ、いっさいの賞賛を受けるべき存在だ。 神の最愛の一人子と繋がった私たちに、神は驚くばかりの恵みと愛を注いでくれたのだ。

-多方面で祝福がある。

-養子になるよう呼ばれている

-養子に対する3つの重要な法律
(1) 養子に迎え入れられる前の家族で所有していた権利はなくなる。法律上、養子に迎え入れられた人の前の人生は完全になくなった。例えば、法律上、債務も返済義務はなくなる。債務は存在していなかったかのように、なくなる。

(2) 養子に迎え入れられた人は新しい家族の中で全ての権利を受け取る。法律上も全ての面で、新しい父、新しい名字を受け取る。

(3) 養子に迎え入れられた人は、父の財産の相続人となる。迎え入れられた後に、家族に血縁で繋がっている子どもが産まれたとしても、養子の権利は変わらない。共に相続人となる。

1. サタンの家族からは外された。悪魔はもう主張できない。

2. 父の名とその権威を手にしている。

3. いつでも父へのアクセス権を与えられている。

4. 父によって選ばれ、彼の愛の中に生き続けている。

5. 父はあなたを守る。

6. 父はあなたを養う。

7. 父は全ての子どもが成熟するまで教育する。学びとしつけも。

8. 最後に、私たちはイエスと共に相続主である。

(ローマ 8:17 新改訳)もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。

だから息子のように生きよう!